私が就職して働き出した頃は、
「働くのだりー。仕事辞めてー。」
とか、
「あと40年も働くのかー。」
とか、まだまだずーーーっと働かなくてはならないんだと考えていた。
そんな時、テレビでバンダイの社長が
「20代のうちは何も考えずにひたすら働け。考えて働くのは30代になってからでいい。」
みたいなことを言っていた。もう20年も前の事なので正しく何といったか覚えていないが、そんなニュアンスの事をいっていた。
単純で権威者に弱い私はその言葉を聞いて、
「そーか、がむしゃらに働けばいいのか!」
と思い、20代の頃は思いっきり働いていた。
20代の当時は葬儀屋で働いていたが、「要領」とか「効率」が苦手なために、仕事に時間がかかってしまう私にとってはある意味、バンダイの社長の言葉は救いの言葉であり免罪符であった。
仕事で午前様(深夜の0時をまわること)も当たり前の20代だった。
実際、17時の定時なのに18時の病院のお迎え(亡くなった方を自宅等で搬送すること)に「他に行ける人がいないから行ってくれ!」(実際に他にいない)と命令されることもしばしばあった。
お寺様の都合などでお葬式が三日、四日先になれば搬送だけで帰れるのだが、「明日お通夜をやる」となれば、祭壇やら会葬のお返し品やらの受注をしなければならなくなる(お通夜の日の午前中にこれらの受注をするとなると当然ながら非常に慌ただしくなり、お通夜や葬儀に差し支えることになる)。
受注は1時間から2時間ほどかかるのだが、受注の中に、お寺様が来て枕経をあげられご家族の方と戒名等の打ち合わせをしたり、親戚の方が来たり、近所の方がきたり、関係各所にご家族の方が連絡したりといったことがあるので、結構な時間がかかってしまう。いかに効率よく話をしていくか・・・というのがあるのだが、十分な説明がされないと「説明不足」と後でクレームをいただいたりするので、私は丁寧に細かく話をしていた。
お客様をみて、どこまで話をすべきかの見極めができればよいのだが、当時の私はそれができなかった。その辺の見極めや力を入れる箇所を良く分かっている人は葬儀の受注にしろ、祭壇の飾りにしろ、お通夜にしろ、要領よくやってさっさと帰っていった(といっても、早く仕事を終えると次の仕事を与えられるので、のんびりやった方がよかったりもする)。
それから20年。
同級生や、葬儀屋の頃の同僚と話をするとライフステージががらっと変わったことを痛感させられる。
子供の送り迎えをしないといけない、休日は子供のスポーツクラブの手伝いがある、小学校のPTAの役員になった等の子供の事。
親が入院した、親の介護をしないといけない、親が亡くなってしまった、親と同居しているが親が高齢なので親に代わって自治会の役員をやらなくてはならないといった親の事。親が健康だったころは子供(孫)の面倒を見てくれたり、送り迎えをしてくれたりとサポートしてくれたりもしたのだが、年ともにサポートはなくなり、親をサポートしたり親がやっていたことをしなくてはならなくなる。
かつての葬儀屋の頃の女性の同僚がパートで事務員をしているというので、今私が働いている会社でパート事務員として働き子供が大きくなったら正社員にならないかと声を掛けたところ給与が・・・と渋っていたので、社長に掛け合って給与をよくしてもらい数ヶ月後に声をかけたのだが、来年、PTAの役員と自治会の役があるので、今の仕事を辞めて、新しい仕事を始めるのはムリと断られてしまった。
20代の頃はあと40年も働くのかーと思っていたが、「働く」という事だけに・・・言い換えれば自分の事だけに注力できるできる時間というのは思っているよりも短かった。
今思えばバンダイの社長の「20代のうちは何も考えずに働け」という言葉は、何も考えず仕事の事だけ考えられる時間は今しかないから余計な事は考えずに働け! ってことだったように思える。
これは「働く」に限らず「子育て」「介護」といったことも今しかできないことである。
それらに直面している時は「大変だ」「苦しい」という感情も湧くが、終わってしまうと二度と来ない尊い時間であったとか、もっと前向きに取り組むべきだったとか後悔に襲われたりする。
20代のガムシャラに働いていた頃を思い出すと、大変だったなという記憶もあるが、楽しかった、充実していたと記憶も強く残っている。そして、もっと大きなお葬式に関わるとか遠慮せずにモノを言えばよかったなとか少しの後悔もある。その時は、まだまだ先は長いし今出しゃばらずに経験を積んでからでいいだろと思っていた。
定年まで半分近く残っている40代で「思い切り働ける期間は短い」なんて考えるようになるなんて、20代の頃の自分には想像もつかなかったなあ・・・。
今からでも遅くないから、仕事でも何でもやれるチャンスがあるなら、やってみよう。
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