親族の余興

列伝

 先週、会社の同僚が義理の妹の結婚式に出ると言っていたので、

「君は何か余興やるの?」

と聞いてみた。同僚は怪訝そうな顔をして

「親族はやらないでしょ。」

と言ってきた。

そう、結婚式で余興をやるのは新郎・新婦の友人・同僚、もしくはプロの芸人などで親族は余興をやることはまずない。だが、前職の同僚、吉田君のエピソードはそんな私の固定概念をブチ壊し、「結婚式」と聞くたびに頭をよぎり人に話したくなるくらい衝撃的なものだった。

 吉田君は私より6歳年下の後輩である。

 彼が大学生の時、彼の姉が結婚することになった。姉の結婚式を3ヶ月後に控えた春の日、大学が春休みに入ったので吉田君が下宿先から自宅に戻ってきて横になってテレビを見ていると、彼の横っ面に何かが投げ付けられた。

「いてえ! え?」

彼は顔に投げ付けられたものを手にとってみると、カラフルな海水パンツだった。振り返るとそこには彼の姉が。そして姉は一本のDVDを手渡してきた。

 小島よしおのDVDだった。

 小島よしおは今でこそ幼児向け番組で人気を博しているが、今から15年前は「そんなのカンケエねえ!」のギャグで一世を風靡していた。

「私の結婚式の余興でそのパンツをはいてコレをやれ。ネタは私が用意してある。」

 そういうと、姉は自らで作ったネタ帳を吉田君に手渡してきた。吉田君は

「いや、親族が結婚式で余興やるなんておかしいでしょ!?」

と当然の反論。姉は、

「やってよ! 折角ネタも考えたんだから!!」

と食い下がってくる、二人の間で「やらない」「やって」の応酬が続き、ついに吉田君は、

「お金くれるんならいいけど・・・。」

と譲歩。姉は

「わかった。払うからやって!」

対価をもらえるなら仕事として割り切ってやることにした吉田君。

そして披露宴当日。司会者の

「新婦の弟様が、お姉様に強要されての余興でございます。それでは、ミュージックスタート!」

の案内から吉田君の戦いが始まった。「お姉さまに強要されての余興」の文言は吉田君が司会者との打ち合わせの時に頼んでいれてもらったのだ。姉には許可をもらっている。

小島よしおのトゥーントゥーントゥトゥトゥンという例のミュージックとともにカラフルな海パン一丁の吉田君が

「アピヤー!」

という奇声を発しながら登場! 会場がドッと笑いに包まれる。吉田君いわく

「こういう場で照れは禁物」

半ばヤケクソになりながら姉のつくったネタを叫んでいく、

「新婦の弟が余興やってるけど、そんなのカンケエねえ! そんなのカンケエねえ!」

「新郎ちょっと禿げてるけども、そんなのカンケエねえ! そんなのカンケエねえ!」

新婦が考えたからこそ許される、かなり際どいネタも仕込まれていた。

 姉は大爆笑、新郎は苦笑い。他の参列者がどんな表情をしていたかは全く覚えていないが、会場が歓声に沸き続けていた事だけはハッキリ覚えているそうだ。

 余興をやり切り、拍手に見送られながら控室に戻った吉田君のもとに式場の方がやってきて、

「いやー、私が見てきた中で一番完成度の高い小島よしおでしたよ。」

と感慨深く吉田君に語りかけてきた。前述したように、この頃は小島よしおがブレイクしていたので、結婚式の余興で小島よしおの芸を見かけることがしばしばあったそうだ。吉田君はリップサービスだろうと思ったが、式場の方の表情や態度をみるに本当にそう思っているようだった。

 イヤイヤ余興を引き受けた吉田君だったが、彼は大人しそうな見た目と反して「やるからには」という負けず嫌いなところがあった。もともと筋トレが趣味という事もあり、小島よしおと同じくらいの筋肉質、体は整っているから当日まで筋トレは継続。姉からもらった小島よしおのDVDは最初に何回か見ただけで、後は頭の中に描いた小島よしおのイメージをもとに、毎日、鏡を見ながら、ひたむきに練習に励んでいたのだ。

 一年後、彼は葬儀会社に就職し大勢の人の前で司会をすることになる。

「司会が上手い」

と評された吉田君だが、「人前に出る時に照れは禁物」と腹くくれる度胸と、目的のためにストイックに練習に励める根気強さが彼の司会の上手さの根源なのだろう。

 ちなみに吉田君、姉がくれると約束してくれた余興のお金はもらえずじまい。ご祝儀をだして、タダ働きさせられ、ただただマイナス、姉のようなテイカーとは付き合いたくないと言いつつも、姉とは頻繁に連絡をとっていて仲良しだったりするから、吉田君は根っからのギバー体質なのだろう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました